上高地に午前7時に到着した。下界は未だに夏の続きの陽気であるが、上高地の気温は6度しかなく、涼しいを通り越して肌寒い。
きょうの行先は徳本峠。時間は有り余るほどあるので、しばらく上高地を散策するつもりでいた。
バスナーミナルには大きなザックを持った登山者が続々と到着し、徳沢方面への林道は登山者の行列になっていた。ほとんどは槍・穂高に向かう人たちだろう。あれほどの人たちが訪れたら、幕営地はすぐにいっぱいになってしまうのでは。私も幕場を確保するため、上高地散策はやめにして、徳本峠へ歩き始めた。
明神館先の分岐から徳本峠へ向かうと、誰もいない。人口密度は槍・穂高方面の数百分の一以下だろう。
徳本峠には水場が無いので、左の水場で水を補給することになる。最後の水場と書かれた札や赤ペンキのマーキングがあるので、見落とすことは無い。
峠に到着するとテントがすでに数張。昨日到着し、現在霞沢岳を登山中の人たちのテントである。運良く一番見晴らしの良いところが空いていたので、そこにテントを張った。しばらくすると続々と登山者が到着し、となりにテントを設営した男性(南アルプス市民氏)が好人物で意気投合、山談義で退屈することも無かった。
こちらは峠から東側の展望。岩魚留小屋方面からも登山者が登ってきた。なんと自転車を担いで登ってきた3人の若者達もいた。
太平洋から日本海まで、徒歩で縦断貫通中の単独行の好青年(横浜のK2さん)とも、長い間お話した。本日貫通とのこと、おめでとう。
夕暮れの穂高を眺めようと、小屋泊りの人達も、私のテントの前に来る。その度お話したので、今回はたくさんの人達と顔見知りになった。
幕営地は隙間無くテントで埋め尽くされた。皆さんマナーがよく、日没後は静かに会話されていたので、6時半頃はもう夢の中だった。
霞沢岳山頂でご来光を迎えるため、午前零時45分徳本峠を出発した。出発時は満天の星空であったが、登るにつれ濃霧に包まれてしまった。
4時10分にK1ピーク到着。ガスで視界は悪く、しかも冷たい烈風が吹き荒れていた。この状況下で岩の稜線を歩くのは危険と思い、K1ピーク直下の風を避けられる場所で、夜明けを待つことにした。
日の出まで1時間半もある。ストーブで雑炊を作ったり、熱いコーヒーをいれ、寒さをしのいだ。
濃霧のためご来光は無理だろうと、半ばあきらめかけていた。夜明けが近づくと、時折ガスが薄くなり、ほんの数秒間であるが、左の写真のように霞の先に大雲海が広がっている様子が見えて、期待を抱かせた。
日の出時刻の5時38分になっても霧のため、視界はゼロ。がっかりして東の空を眺め立ちすくんでいると、ジェット気流のようなガスが、私の背後から私を貫き、圧倒的なスピードで東の空へ流れていった。とその直後私の眼前に、美しい地球が出現した。
私は年甲斐も無く、小娘のように「スゴイ、スゴイ、スゴイ」と3回小躍りしてしまった。さらにその2,3分後、大雲海の彼方から太陽が昇った。

これほどの躍動的な景観を、私は見たことがない。雲の動きがすばらしく速く、写真よりもビデオに収めたい光景だ。

K1ピーク直下で日の出を待ったのは正解だった。穂高を撮影するならここが一番である。実際の穂高はずっと間近に、巨大神の如く、聳えていた。
山頂に向かって歩いていると、なんと単独行の登山者と出会った。山頂でビバークしたとのことだった。
左は霞沢岳山頂。展望はK1ピークやK2ピークの方が良かったので、登頂証拠写真を撮影してすぐに下山開始、K2ピークでのんびり過ごした。風も止み、日差しがポカポカと暖かく感じられた。
徳本峠向かって下ると、昨日知り合った人たちと次々に出会い、そのたびお話することになった。「もう行ってきのですか?」と一様に聞かれた。
たいぶ下ったところで、隣のテントの南アルプス市民氏に出会った。靴のソールが剥がれしまったため、撤退中とのことである。残念だろうが、これでは致し方ない。
さらにもう少し下ると、大きな荷物を背負った山頂ビバーク氏がゆっくり歩いていたので、先に進んだ。
徳本峠までの道筋は、ちょうど紅葉の見頃で、展望の無い樹林帯歩きも楽しいものとなった。

ジャンクションピークはピークというより登山道の途中といった趣で、北東から南にかけて展望が得られる。日の出時刻より1時間早く徳本峠を出発すれば、ここでご来光を見ることができると思う。