根子岳

夜行スキーハイク 月夜の根子岳でラッセル

悠々独歩 No.73 2003/01/26

菅平スキー場より根子岳往復(途中まで)

休日に用事がある時は山に行くことができません。 しかし午後にそれほど重要でない用件があるといった場合なら、 そこそこ遠い山にも行けるのではないかと考えていました。 前夜登山口の駐車場まで行き、仮眠を取った後、深夜から歩き始め、山頂でご来光を迎えてから、 一気に駐車場まで戻れば(それもスキーで滑降すれば)、早々に現地を出発できます。 時間が早いので、道路渋滞もありませんので、楽々と帰着し午後の用事を済ませることができます。

厳冬期の夜間に登ることができる山として、まず思いついたのが根子岳です。 ひと月前の根子岳山行で書いたように、 私が根子岳に行くと、ろくでもないことが必ずおきます。 今回は、あろうことかシールを忘れてしまいました。 チェックリストを見ながら準備する時、シールが入っていないのに気付きながら、入れ忘れてしまったのです。 出発後、車中で思い出したのですが、取りに帰ったら仮眠する時間がなくなってしまいます。 根子岳のスキーツアーコースは圧雪車でスキー場のように固められているので、 どか雪の直後でもない限りつぼ足でも登れるだろうと思って、そのまま現地へ向かいました。

これが大誤算でラッセルの連続となり、根子岳山頂まで辿り着くことができない結果となりました。今になってインターネットで知ったのですが、今月の初め(元旦)に、根子岳へリスキーが山頂離陸時に横転事故をおこして、乗務員2名が重傷を負ったそうです。そのためへリスキーは運休となり、26日(私の下山直後)に運行を再開しました。ひと月近い間も圧雪されなかったので、雪が深くて当然だったのです。

どうして根子岳行く時ばかり、こうなっちゃうんでしょうね?


リフト終点からゲレンデを見下ろす 前夜10時過ぎ、菅平ダボススキー場の駐車場に到着。車を揺らすほど風が吹き、駐車場は地吹雪状態だった。 ちょっと心配だったが、予報では明日は好天が期待できる。 明日は明日の風が吹くだろう、と一杯やって11時頃就寝。

目覚まし時計を午前2時半にセットしたが、眠くて起きられず、20分ほど寝坊した。3時55分駐車場出発。 依然として風は強かったが、雲の一部が切れ始め、星空が垣間見えてきた。
(左)ゲレンデでは一晩中人工降雪機が稼動しているようだ。 30分ほどでリフト上部に着く。ここまでは何の問題も無い。 そこから根子岳へ向かう雪面には圧雪車の跡はなく、腿まで潜る深雪が続いていた。 半分に欠けた下弦の月夜のもと、雪と格闘しながら歩くはめになってしまった。
その時は圧雪車が入っていない筈はないと思い、 右へ行ったり左へ行ったり、懸命に潜らないところを探した。 何度かそれらしきところを見つけるも長くは続かず、すぐにズボッと腿まで埋もれてしまうのである。必死にがんばるもののいっこうに近づかない根子岳は、ムーンライトブルーに染まり、星空の宙空に茫洋と浮かんでいた。

根子岳避難小屋上部 根子岳避難小屋の少し上で黎明の時を迎えた。 予定ではもう根子岳山頂にいる時刻である。 夜明けの色彩が実に美しく、ラッセルの苦しさを忘れさせてくれた。

黎明の北アルプス

モルゲンロートの北アルプス。こんな凄い景色、普通の日帰り登山では見られない。

上部の斜面 もう少し登れば、雪面がクラストして登りやすくなるのではないか、といった期待から、予定時刻を過ぎても、未練がましく登り続けた。 しかし、斜面がちょっと急になると蟻地獄、腰まで潜ってしまう。手で雪を掻き分け、膝で圧雪し、足で踏み固める、といった段取りで足場を作らないと登れない。無雪期の十倍も時間がかかるような思いだった。

樹氷帯 時刻はすでに8時半。もうじきヘリスキーの轟音が一帯を支配するだろう。 山岳の神秘と尊厳は、高さ・険しさ・奥深さで守られている。安直に登れる手段が提供されれば俗化は必定、根子岳だって例外ではない。 ヘリで次々と運ばれてくるスキーヤー、ボーダーでスキー場のような様相の根子岳を見たくはなかったし、シールを忘れ、つぼ足でゼイゼイしながら登る、間抜けな自分を人には見られたくもなかった。
それにもう時間切れだ。ここであきらめ、滑降することに決めた。

ダボススキー場に向かって滑降

斜面を見下ろすと、自分のトレースが塹壕のように延々と続いていた。 ゴーグルをつけ滑降開始。 雪が深く板(フリートレック)が短いので、スピードが出ずちょっと深い弧を描くと、スキーが止まってしまう。 それでもこの大展望のもと、さらさらの粉雪を舞い上げながらの新雪滑降は、なんと気持ちが良いことか。

しばらくして、シール登高してくる単独行の人に出会った。 「ずいぶん早いですね、もう行ってきたんですか?」と訊ねられたので、 私は早く帰らなければならないので、暗いうちに登り始めたが、シールを忘れたため山頂までいけなかったと説明した。 数百メーター遅れて、圧雪車がエンジン音を響かせて上がってきた。 もうあんた(圧雪車)は来んでもいいよ、といった気分だ。 さらにその下から数十人ものスキーヤーが、列をなして登ってきた。 何回も何回も会釈しながら、通りすぎた。

駐車場に戻って帰り仕度をしていると、人のよさそうな男性から「これから登るんですか?」と話し掛けられた。 菅平で宿を営む親父さんで、ここのところ悪天候が続いていたことや、今日からヘリが飛ぶことなど話してくれた。また宿のホームページがあって、根子岳や四阿山のページなど充実しているとのことだった。 私は「帰ったら是非拝見しますよ」と言い、メール交換まで約束して別れたが、その宿の名前を忘れてしまった。

近頃、もの忘れがひどくなった私である。

マップ
赤線はGPS軌跡ではありません

02/16 追記 山頂でご来光を見た後、スキーで滑降という計画は、湯ノ丸山で実現することができました。

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